高校生の小遣い「5000円」論争について思うこと

高校生の小遣いについて月5000円が多いか少ないかが話題になっているけれど、住む環境によって基準は違うよね。田舎に住む子は5000円って結構な額だし、都会に住む子は足りないのかもしれない。

子どもの小遣いって「小さな経済」なので、少ないくらいに設定しておくのが教育的にはいいのかも。限られた額の中でやりくりをして、どうしても足りない時は“銀行”である親に“追加融資”をお願いする。もちろん本当の銀行と同じで融資してもらうには“財務状況の開示”と“正しい借入理由”が必要になる。そんでもって親の方も無下にお願いを断らず、ちゃんと子どもの話を聞く。そうすれば子どもも嘘がつけないし、素直に話してくれれば親も子どもの行動が自ずと理解できる。つまり、月1000円であっても、月5000円であっても「絶対これでやれ」っていう決めつけがない方がいいんじゃないかと。

一方で、サブスク型、クラウド型の社会を生きる子らにとって「お小遣い」という概念自体が何か我々の頃とは変わってきている気もする。我々の頃は、映画を一本見るのに1000円くらい。DVDをレンタルしたとしても一本400円くらいして、家で観るにしても観るための環境(≒テレビ)が必要になる。でも、今じゃ月額ウン百円払えばサブスクで旧作映画がいろいろ見られるし、同じように音楽だって聴き放題。スマホがあれば場所も選ばない。知恵を絞れば月5000円って僕らの時代には考えられなかったほどの可能性がある。単純に僕ら世代の感覚をスライドさせて考えられないような。

少しだけ僕自身の話に逸れるけど、高校時代の小遣いはたしか月2000円くらいだった。でも2年になってからバイトを始めたから小遣いに困ったことはない。週3でコンビニバイト、それに加えて週末にサッカースタジアムで売店のバイト(これは客の来ない試合中に)。多い時で月5万円以上稼いだこともある。僕らが高校生だった頃が、ちょうど未成年にも携帯電話が普及し始めた時代だけど、最初のJ-PHONE(懐!)を持ち始めた頃から一度も携帯料金を親に払わせたことがないのは、個人的に小さな誇りではある。

でも、そうして振り返ると、あの頃はバイトで稼いだお金をパーッと使っていたけど、今の時代に5万円持ってたら、もっといろんなことができたな。何か生まれるのが20年くらい早かった気もするが、まぁ、あの頃は古き良き時代の部分もあるので、そんな空虚な気持ちは諌めるとしよう。

今日も取りとめのない話でござんした。

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