その注察妄想は誠に遺憾である。


自分が誰かに見られているとか、見張られていると感じる妄想を「注察妄想」と言うらしい。とりわけ僕くらいの年代の男だと、普段の生活でも何かと他人からの注察妄想を感じることが多い。

例えば、今日、銀座のドンキホーテに寄った時のこと。

歩道で自転車に鍵をしていると、ちょうど30代くらいの女性が店から出てくるところだった。

南方系の外国人と思しきその女性の格好にふと目が止まった。モンクレールの黒いダウンコートに黒いアディダスのトレパン、そして靴はナイキのハイテクスニーカー。ブランドがわかる商品で固めた、だいぶ不釣り合いなコーディネートだったのだ。

すると、その刹那、女性と目が会った。そして向こうの目線からは、我々世代の男性がよく喰らいがちな「何、見てんのよ!?」感がビシビシと伝わってくる。

ウン万円はするだろうダウンコートに2千円で売ってそうなトレパンは変な組み合わせだなって、僕の興味はただそれだけ。それ以外にあなたの見た目にも性格にも何ひとつ興味はない。

もし別の興味で見ていたと思われていたら、その注察妄想は誠に遺憾である。



一方で、電車に乗っている時なんかも嫌な思いをすることがある。電車内ではほとんどの人が背中を丸くしてスマホの画面に向き合っている。それに対して移動時くらいデジタルな行動から解放されたいと思っている僕は中吊り広告を見ていることが多い。

中吊り広告というのは見上げて見るものだ。週刊誌の過激な見出しの並び、女優やタレントを使った脱毛エステの勧誘、東京からの流入を狙う埼玉県や千葉県の大学紹介、そして墓地のご案内…。僕に関係ありそうなものから全然関係ないものまで、ボケーっと見ていられるからちょうどいい。

ただ、顔を上げてをキョロキョロしていると、スマホを見ている人は自分が見られていると感じるようだ。時に自分の方向に僕が向いていると感じると、無機質な目でこちらを一瞥してくる。

iPhoneが世に出始めた頃ならまだしも、スマホなんぞ今や星の数ほど世の中に溢れているのだから、他人が見ているものなんぞに一切興味はない。それに否が応でも他人のスマホが目に入ってしまうことはあるけれど、だいたいはゲームをやっているか、YouTubeを見ているか、SNSを開いているか、ごくごく「くだらない」ものばかりだろう。国家機密、いや、仕事上で守秘義務があるような情報ならまだしも、そんなに他人の目に触れることが嫌ならば、電車内みたいな密集する場所で見なきゃいいのに…と思ったりする。

過剰に気にされると結局は下を俯くしかないのだが、そうなると、いっそのこと車内広告も床に設けた方が効果があるんじゃないかと考えてしまう。

もし、どこの誰だか分からない他人が自分のスマホに興味を持っていると思っているなら、その注察妄想もまた、遺憾である。

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