実体験から感じた「サボりオジサン」にありがちな言い分

ランチのおじさんたち

深夜、ほぼ原稿に使わない部分ばかりの取材テープを聴き流しながら、その合間にブログを書いている。

コロナ禍の中、日本政府の要請において今年のF1日本グランプリの開催中止が決まったらしい。ホンダの参戦ラストイヤーであることに加えて、久しぶりに現れた日本人F1ドライバー・角田裕毅の活躍にも期待がかかっていた。なおかつ、F1ファンの中には「五輪はよくてもF1はダメなのか?」という反発も起きており、ここにもまた一波乱がありそうだ。



「F1日本グランプリ」というワードを聞くと、個人的には目まいが起きる。F1には何の罪もないのだが、目まいが起きるというのは決して過剰な表現ではなく、文字通り腑が煮え繰り返った苦い思い出が今もグツグツと蘇るのだ。

十年昔となればもう時効だから、ブログのネタにさせてもらってもいいだろう。

この話の主人公は、かつての職場で同僚だった窓際族のオジサン編集者だ。営業部所属だったが、使えない割にわがままなので、とりあえず頭数が欲しい編集部に配属された(という評判の)彼。当時僕より年齢が一回り以上も上であっても、編集者としてのキャリアはこちらの方が長いので、僕が2冊の本を作る間に1冊できればいいというゆったりペースの仕事ぶりで、自分より給料の高い平社員のオジサンをなぜか若手部員がカバーしているという状況だった。

そのオジサン。それまでの仕事で何かの役得を掴んでいるのか、毎年、鈴鹿に日本グランプリを見に行くのが恒例のイベントだったらしい。ただ、当時所属していた編集部はあの会社の中でも最もハードと言われていた部署で、さらに日本グランプリの時期は一年の中でも最大の繁忙期だった。

そして日本グランプリが行われる週末は、奇しくも彼が抱えていた担当本の校了日。いや、正確に言うと、彼の仕事が遅いがために校了が押しに押して、その日が校了日にぶつかってしまったのである。当然だが、校了日に担当編集者がスポーツ観戦に出かけられる余裕なんかあるわけない。

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しかし、その本の校了前々日の夕方。同じ編集部のメンバーが会議室に呼ばれた。編集部といってもオジサンを除くと若手3名とデスク1名の小さな組織だ。そして室内にオジサンの姿はない。この時点で彼がF1ファンだということは編集長以外は誰も知らないわけだが、もう何か嫌な予感しかしない(笑)。そしてエヴァンゲリオンの碇ゲンドウのように机の上で手を組んだ上司がおもむろにこう口を開く。

「えー、あさっての日曜日は〇〇君(=窓際オジサン)の校了日ですが、〇〇君はF1を観に鈴鹿へ行くそうです」

オジサン以外はいずれも編集畑で純粋培養されてきたメンバーだ。校了日に担当編集者が休むとはどういうことか。その意味は普通の神経を持った編集者ならば、想像することすらありえない行為である。戦慄が走る一同を前に編集長が続ける。

「私も説得しましたが、どうしても行くということなので、申し訳ないですが、皆さん日曜日に出社して代わりに校了してください」

こちらも家にも帰れずバックヤードを根城にして、月に数冊のムック本を校了しているような繁忙期だ。常に疲労困憊の状態で、人の仕事を手伝うくらいなら休みたい。いやもともと日曜は出社するけど1秒でも長く自分の作業にあてたいよ。かたや自分の仕事をすっ飛ばして楽しくF1を観戦し、かたや殺人的なスケジュールの上に別の作業をかぶせられるとはありえないぜ。

…とはいえ、編集長がちゃんと説得したのは分かっているし、この編集長には大きな恩があるので、最終的には日曜にみんなでその校了作業を行うことになった。ここまでの流れは鮮明に記憶に残っているが、怒りだけが心の100%を占めていた当日のことは何も覚えていない。

そして月曜。鈴鹿帰りで普通に出社してきたオジサン。謝罪もなく編集部のある島に流れる変な空気。編集長とデスクはオジサンと同年代で、一人だけ平社員の彼には逆に変な気遣いがある。そんな中、編集部内で一人だけの若手男子だった僕。

あー、これは一発かますのは俺の役目だな……と、連日の忙しさに頭をやられたのか、むくむくと妙な正義感が沸いてきた。そして、グループ内の一斉メールでこう言い放ったのである。

フォーミュラカーのような超高速で仕事を終わらせるなら鈴鹿に行こうがモナコに行こうが構わないが、軽自動車みたいな仕事の鈍さのくせして、校了すっ飛ばしてF1なんぞを観に行くな

…と。その後、若手とオジサンの溝は深まる一方だったが、オジサンは編集長にこんな言い分を言っていたそうだ。

「自分は営業部時代のツテで広告を取ってきている。同じことがスズキたちにできますか?」と。

ちなみにその広告というのはたった一件だけ。



はっきり言って笑ってしまうような、外の部署から飛ばされてきた人間にありがちな言い分だった。編集業務で他の部員と同等の仕事ができず、本来の業務ではない広告営業で評価されたいならば、本家の営業の人と同様の成績を見せつけなきゃダメだろうよ。

本来の業務とは別の経験値を持っていて、他の人にはないそれをひけらかして本質とは違うところで威張るのはダメなベテランにありがちな例だ。そして、それは良い歳になった僕自身にも常に戒めとして言い聞かせていることである。

なお、その窓際サボりオジサンは僕の退職後に鈴鹿からも程近い地方支社へ飛ばされたと風の噂で聞いた。一度飛ばされたらなかなか本社には戻って来られない会社だから、きっと今も同じ東京の空を見ていることはないだろう。あれから10年近くが経つが、去年も今年も2年連続で中止ということなので、その記録も必然的に途切れてしまった。あの時、自分の身を削って校了を手伝った僕も彼の“記録”の更新に貢献してきた人間の一人だから、本当にこのコロナのことが憎いと思っている。本当に。

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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