正直シンドかったと思うブラック企業的ルールベストワン

数社を渡り歩きながら会社勤めを延べ10年ほど経験してきたので、組織の中で働く素養は身に付けてきたつもりだ。一方で、会社員時代はブラック企業まがいの◯ソルールにもたくさん遭遇してきた。なかでも深い傷跡としてとりわけ記憶に残っているのは、上京して最初に勤めた会社を辞めた後にちょっとだけ働いた、ある小さな会社の決まりごとである。

毎週月曜にやってくる「〇〇の日」

そこはここで詳しく書くことが憚られるほど、あらゆることがブラックな会社だった。そしてブラック企業にありがちな、無垢な若者に対して「お前を叩き直してやる」という気風がバリバリの会社だった。クラシックな業界を生き抜いてきたワンマン社長は僕の前職の経験を全否定、個人の能力も全否定、おまけに一緒に食事に行けば料理を食べる順序まで全否定。こちらも親が腹を痛めて産んでくれた“人の子”なのだが、まるで親の教育から学校で学んできたすべてまでを全部否定するような人だった。キャリア数年の僕は彼にとって恰好の全否定ネタで、周りを見ればそんな社長に“洗脳”されたような人間の集まりだった。



いろいろなことが非常識な会社だった。書けないこともたくさんあるが、書ける範囲の中でも地味にキツかったのは毎週月曜日にやってくる「弁当の日」だ。

【最新ブログ-SUZUKISHO.com】

社長が「会社のブログで手作り弁当のコーナーがあるから月曜はみんな弁当を作ってこい」と言う。自発的な弁当作りはそこまで苦ではないが、他人に強要されて作る弁当は何も楽しくない。今の強さがあれば、プライベートまで会社に拘束される筋合いはないから「そんなものは好きな人間だけでやりなよ…」と無視するような話だ。

おかげで激務中の激務で週末まで働かされた上に、月曜は朝6時に起きて弁当作りに取りかかる。月曜の朝から徹夜明けのような体調で当時住んでいた練馬から会社のある水道橋への電車に飛び乗った。カバンの中に抱えた弁当は、まさに命を削って作ったような「命の弁当」だった。笑

そして、さらにキツかったのはその日の食事の時間だ。昼になると狭いミーティングルームに集合して、各々の弁当を見せ合いしながら食事をするのである。

社長は明らかに自分が作っていない弁当を「どうだ!」とばかりに見せつけてくる。僕は「どうせヨメが作ったんだろ」と思っていたが、周りでは“喜ばせ組”の同僚がやんややんやと褒めそやしている。



それに対して最も若手の僕が弁当を開けても誰からも大した反応はない。いや、反応が無ければ構わないのだが、社長は「うわっマズそうだね~」などと言う。

このように仕事に対して1ミリも生産性のないことは、みんなが楽しんで参加できなければタダのストレス発生源にしかならない。そこを認識していないこの社長は、最初から人をいびるつもりでこんなことやってるんだろうと、いつしか確信した。

この会社で改めて学んだのは「環境が人を作り、同じ人間でも環境次第で価値が変わる」ということ。さらにいえば「環境に左右される生き方をしたくなければ、自分が強くなるしかない」ということである。

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済など様々。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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