冷蔵庫に放置された開封済みのモヤシ。そこで研ぎ澄まされる野生の感覚

のるかそるか…

東京にいると、まるで建物のジャングルの中で暮らしているようなものであるが、現代人の生活において「野生」の感覚を研ぎ澄ますような体験をすることはなかなかない。

登山なんかで山に入れば、何となく野生に溶け込んだ自分になれているような気もするが、登山にも登山道というものが敷かれていて登山口から頂上まで道が敷かれており、スマホを開けば山頂までのガイドがあり、舗装はされていなくても先人が作ってくれた人の道を歩くのである。

必要な食べ物も持参しているから、そこら中に生えているキノコをマリオみたいに口にすることなんかもまずないし、そこに生きるか死ぬかみたいな野生の感覚は求められない。



さて、先日の昼のこと。オンラインでの打ち合わせを終えて、その後、所用のために外へ出る必要があったため、簡単に家で昼メシを済まそうと冷蔵庫を開いた。パッと見あたる食材は豚バラ肉とキムチくらい。ああ、これだと豚キムチだなと頭の中のレシピ計算機が弾き出す。

で、野菜室を覗くと、封の開いているモヤシがあった。モヤシは僕の豚キムチには欠かせないアイテムだ(ピュアに豚とキムチだけで作るか、ニラやモヤシを入れるかは人によって好みが分かれるところだと思う)。最近の物価高で価格上昇しているとはいえ、依然家計の強い味方。スーパーに行ったら必ず購入し、だいたい冷蔵庫に常備している。

だが、このモヤシ、いつ買ったものだったっけ?

ここのところ仕事に追い込まれ、ものすごく忙しいため、いつ買ったものかすっかり忘れた。最近スーパーに行ったのは、たしか一昨日だけど、その時にモヤシを買った記憶はない。そうなると…。

安価で使い勝手が良くヘルシーで、かさましにも便利なモヤシだが、その唯一の難点は痛みやすさだ。だいたい買ってから3日くらいしかもたない。放置しておくと、中の水分が漏れ始め、匂いが発生し、やがて黄色く変色する。

【最新ブログ-SUZUKISHO.com】


しかし、僕が手につかんでいるモヤシは水も出ていないし、変色もしていない。まだ使えそうなんだけど、いちおう製造日をチェックしようと思ったら、このモヤシ、なぜか袋に製造日も消費期限も書かれていない。

うーむ、冷蔵庫に放置して、無惨にも逝ってしまったモヤシを何度か見ている身からすると、腐ったモヤシなんかを食べたら一発で腹を壊すことが想像できる。しかし豚キムチにモヤシはかかせない。だが、わざわざ自分から体調崩すリスクを取るか。のるかそるか…、それは匂いで判断するしかない。

そう、嗅覚だけが頼りというこれこそ、普段なかなか経験できない、野生の感覚が研ぎ澄まされる瞬間なのだ。

まるで野にあるものを訝しむ猫のように、開いている袋に鼻を近づけ、その香りを確認する俺。何かヤバい匂いを感じるけれども、行けない感じもしなくはない。

そして10分後、モヤシは豚キムチに調理され、僕のお腹の中に消えた。あれから1日経つが、幸いにも体調は崩していない。

法律、交通ルール、取扱説明書など、普段から意識もせぬまま様々な決まり事に守られ、野生の感覚を失っている現代の我々。けれども、何かしら大きなトラブルがあった時は、ルールに縛られないワイルドな感覚が求められることもある。いざという時に正しい意思決定をするために、自らの野生をトレーニングしておくことは結構大切だ。

細かなルールや丁寧な説明なんかがなかった時代の人々は、今の我々よりも研ぎ澄まされた野生の感覚を持っていたに違いない。現代においても、食品の消費期限なんかがなくなったら野生を磨く格好の練習になるのになぁ…と、思ったりしなくもなくもない。

もやしLOVE。それではまた。


【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA