移動距離350キロ料金2500円の激狭深夜バスにて

今回もまたハードな旅が始まる

ひさびさに海の外に出る年末年始のハードな旅の予行演習的なショートトリップで、西へと向かう深夜バスの中、これを書いている。

先ほど東京駅の近くでこのバスに乗ろうとした時のことだ。出発ギリギリに到着してバスの電光表示で行き先を行き先を確認したところ、僕が予約したAという街ではなくBという街が表示されている。

反射的に「え、まさか、このバスってBまで行くの?」と運転手に尋ねる僕。「行きますけど」と返してくる運転手。

それならば…。そもそもBは僕の目的地で、ひとまずこのバスでAに着いた後、そこから電車に乗り継ぎBまで向かうつもりだったのだ。予約をした際には、このバスがB行きであるという情報は出てこなかったのである。

じゃあ、そのままこれでBまで行った方がラクではないか……と思い、その旨を運転手に伝えると、「結構差額あるけど、それでも良ければ」という返事。ただ具体的な金額がすぐには分からないので、詳しくは出発後の休憩時間にと、ひとまず車内に乗り込んだ。

ところが、だ。

乗ってみて分かったのだが、座席のシートがすこぶる狭い。

さすが走行距離約350キロで運賃2500円の激安バス。安かろう悪かろうということか、僕のこれまでの国内高速バス史の中でも最狭レベルであることは間違いない。例えば、二列シートの間の仕切りとなる肘掛けもなければ、前の席がリクライニングしたら後ろの席の膝が潰れるほど、シートピッチも極狭。

しかも僕の席の隣には、既に先客のオッサンがこちらの陣地まで侵食してドスンと陣取っている。ニット帽にマスク姿の怪しいオッサン。言葉を濁さずに言うと、街場で遭ったらきっと距離を置いて歩くであろう風貌だ。寒さ対策だの感染症対策だの、いろいろあるのかもしれないが、いろいろと物騒なニュースが連発している昨今、こちらの精神的安定のためにもどっちかは取ってくれないか。

ひとまず視線とジェスチャーで「俺の席、ここ」という合図をオッサンに送り、こちらにはみ出した分を引っ込めさせて席に着くと、やはり尋常ではない狭さを実感。右半身の表面には、オッサンの生温かさがじんわりと伝わってくる。この状態で7時間、8時間という長丁場を耐えるのはガチでつらい、つらすぎる。

おまけにオッサン、こちらに少し飛び出している自分の陣地を必死で確保しようと、自らの身体を鋼のようにして肩肘を強張らせてくるではないか。ただでさえ窮屈な空間がひときわ窮屈なんだぜ。

ヤメだ、

このバスにさらに3時間近く長く乗り続けるなんでゴメンだ。やっぱりAで降りて電車に乗り換えることにしよう。

……と思っていたら、次の休憩場所に着いたところで運転手がこちらの席までやってきた。

「さっきの話ですけど、Bまで行くなら追加で1500円です」

それくらいなら電車で行くのとさほど変わらない。到着時刻も同じくらいだ。だが、しかし、この体勢の苦しさには耐えられないので、すぐに断ろうとした。だが、

「いや、待てよ」

とあることを思いつき、コートのポケットから財布を出す仕草をしながら車外に出る僕。そして他の客の目がないところで、こっそり運転手に聞いてみる。

「このバスって2席空いてるところないの?」

すると一旦は「全列埋まってますね」という返事だったが、その後再び座席表に目を落とすと、ひっそり声で、

「6の列なら空いてますよ、フフフ」

と、ちょっと怪しげに言う。他人の目がないところでこそこそとやってるそのやりとりは、まるで悪巧みをしている悪代官と越後屋のように見えなくもない。そして「じゃ、そこに移るね」と確認し、追加の追加の1500円を渡す僕。

かくして、水を得た魚のように、いや、羽を得た天使のように不審者オジサンとの席を離れて広々2席確保の席へと移動。一席では激狭なシートも二席使えると広々〜、横たわって寝るのも難しくない。まさに地獄から天国というのはこのことだ。結局オジサンも席が広くなるのでお互いにとってWin-Winじゃ!

ただ、周りには窮屈そうに座っている客が他にも数名。この状況、僕に続いて大移動が起こりそうなものだが、みんなこちらに視線を向けつつ静かなままというのが不思議でもある。

あ、これってまさか。追加で払った1500円が別の席を融通してもらう“ワイロ”だったと思われてる?

袖の下を渡せば大抵のことは融通してくれるどこかの国の街角でもあるまいし、法治国家・日本の公共交通でそんなことはあらへんで!

結果、重いダメージを負わずに目的地まで辿り着けたのである。

さてさて、どこに向かっているのかは次回のお楽しみ〜。

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