これからの10年も楽しくTwitterを続けていくために

昨日、Twitterを開いたらアカウント開設10周年のお知らせが届いていた。

…といっても、昔に作ったアカウントを引っ張り出して、継続してやり始めたのはここ一年半くらい。

そして今年の夏くらいから積極的にフォロワーを増やし始めて、おかげさまで3000を越えた。

今日が10年と1日目。新しい10年の始まりだ。

偶然そんなタイミングと重なったけれど、実はここ数日「これからも楽しくTwitterを続けるためにどうすればいいか」なんてことを考えていた。今日はそんな話をしたい。ここから書くことは匿名アカウントを否定することでも誰か特定の人を責めているわけではないことを初めに理解した上で読んでいただきたい。

最初から大した打算なんてないけれど、Twitterを再開した理由を自己分析してみると、それは大きく分けて次の4つだと思う。

・日記がわりの備忘録

・思ったことを気楽に話せる場が欲しい

・仕事では使わないようなボキャブラリーを獲得し、使う場が欲しい

・他のユーザーのつぶやきからいろんな視点を得たい

そして、ほぼ実名アカウントでやっているのは、僕の人格上、自分が発した言葉には責任があると考えているから。仕事の幅や人脈を広げたいという目的はほぼ無くて、それが伝わるだろう事実として、自分がこれまでどんな仕事をしてきたかとか、今どんな仕事をしているかなんてことはほとんどつぶやいていない。リアルはリアルで、TwitterはTwitterで出会った人たちとの世界観を大事にしたいと考えている。

そうとはいえ、実名アカウントで運用しているとリアルの僕(編集者/ライターの鈴木 翔)とTwitterの僕(スズキショー)は同一人物の人間だ。Twitterで発したことは個人の意見や考えとして残り、愚痴のひとつも言えば、それを快く思わない人から僕という実在の人間に向けて槍が飛んでくる。再開後はリアルの関係者とTwitterで繋がることはないが、今の友人、地元の友人、昔の同僚、今の仕事関係、これまで取材で出会ってきた人々など、僕を知る知り合いの目は少なからずあるだろう。

その上で「鈴木 翔」の印象を壊さないように、最低限のモラルを保ってTwitterを運用しているつもりである。まぁ、できるだけリミッター開放を目指しているので、仕事上では言わないようなキワどい発言も時にはあると思うけど、僕を知っている人からすれば「あいつならそれくらい言うだろう」の範囲内に留めているつもりだ。

それでも、いろんな人と繋がっていくと、いろいろ予期していない齟齬が出てきてしまった。自分のつぶやきに対する文句や間違いを指摘されることは大して痛くもない。先述の通り僕は「自分が発した言葉には責任がある」と思っているので、自分が偏ったポジションを取れば、ある程度アレルジックな反応が起こることは織り込み済みだ。むしろ自分とは違う意見があった方が面白いと感じるくらい。

しかし、僕のごくパーソナルな部分を突かれるのは、あまり好ましく感じない。世に溢れた一人の等身大の30代男性なので、その生き方の部分をおちょくられるのはなかなか苦しい。

それが「これからも楽しくTwitterを続けるためにどうすればいいか」ということを考え始めた原因である。

リアル世界でも僕は人から聞かれたことに対して「はい」と「いいえ」で返すことはほとんどない。必ず何か自分の意見を付けて返事をするようにしている。それがウザいと捉えられることもあるけれど、それは相手の話に関心を持ちたいという自分なりのリスペクトだと思っている。それゆえTwitterでも人から聞かれたことにはなるべく面白い言葉を返したいと思うけれど、その反面で安易に会話に乗ってしまって他の人に誤解を与えるリスクも考える。衝突は避けたいので、結果的にできることは「無視」「ブロック」もしくは「自分がつぶやかない」の三択になるけれど、そこに良心の呵責もある。

職業が職業ゆえ(なんて言ったら反感を買うかもしれないが)、僕はもともと自分の下を離れた言葉がどういう反応を起こすかということには敏感だけに、そうした悩みにはまっていくと「これを呟いたらこうなるか」と考え始めてしまう。そうなってくると仕事とほぼ同じ作業になってくるから、そういうストレスを感じ始めたら楽しく継続していくことは難しいなと。

匿名から来る意図不明な反応は事前に想像できない。でも、たぶんTwitterで尖ったことを言ってくる人もリアル世界では同じ言葉を使わないと思うんだ。

僕が繋がってる方々はその大半が匿名アカウントだ。その上で、最初に述べたようにこれは匿名を批判するものではありません。モラルが守られていれば、匿名の言論空間も良い意見を生み出すし、匿名じゃないと言えない悩みもある。むしろ、そこがSNSの存在意義だという側面もある。

皆さんからたくさんの「いいね!」をもらえるのは嬉しいし、同年代と思しき彼とガンダムやジョジョの取り留めのないネタ話をするのも楽しいし、いつも「いいね!」を下さるクリエーターさんのイラストを見て感銘を受けたりもする。たぶん僕より年上の先輩たちの“オヤジ的なつぶやき”に共感を覚えることも多い。そういう楽しさとわずか1ミリほどの悩みを天秤にかけてみて、やはり僕は今後もこのまま進んでいきたいと考えている。

最後にひとつ、SNSは良くも悪くも極私的な言論の場。誰でも自由にモノが語れるのは良いことだけど、今回のことを経て、一度つまづくとこんがらがった悩みはなかなか他人に相談できないと分かった。今年はSNSに絡んだ有名人の不幸が幾つかあったけど、Twitterの持つそういう危険な側面を感じる経験になった。

いつもバカみたいなことしかつぶやいていないので、こんなこと真面目に書きたくなかったけれど、今後もTwitterで出会う人と楽しく繋がっていくために本音で思ったことを書きました。

これからもくだらないことしかつぶやかないと思いますが、よろしくお願いします!

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