バイトの記憶と「ムカササン」の話。


学生時代の友人とLINEで昔話をしていて「学生の頃は昼間に講義、夜はバイトでほとんど眠れなくて、あの時のハードな生活は思い出したくないね」という話になった。

周りの優秀な子は前半の2年間で卒業に必要な単位をほとんど取り、後半は就活に集中していたけど、僕は仲のいい友達が先輩ばかりだったから彼らに合わせて動いていたツケがうしろの2年間に回ってきた。

その上、旅行や趣味のために3つのバイトを掛け持ちしていた。そのうちひとつは週2で入っていた学内のスポーツジムの受付で、ほとんど人が来ないから勤務時間を勉強にあてられるという“おいしいバイト”だったけれど。

一週間のうち、特にハードだったのは水曜と木曜の二日間だ。水曜は昼から3コマの講義を入れていて、夕方に帰ってきてすぐ夜から朝までバイト。それからほぼ寝ないまま木曜も4コマの講義を聴き、夕方から学内でバイトをして家に帰るのは20時過ぎ。夕食も食べずにそのままベッドに倒れ込むような生活で、毎週水曜日がやってくるのが本当に憂鬱だった。



週末も土日どちらもバイトが入っていて、本当にタフな毎日だったけど、さらに頭痛の種になっていたのが、夜のバイトの同僚だった「ムカササン」の存在だ。

38歳で国立大学の定時制に入学されたムカササン。
嫁、子どもありで通学に往復3時間かかる国立大学に入学されたムカササン。
白髪まじりの長髪で人の良さそうな笑顔がどこか憎めないムカササン。
なお、あえてカタカナにしているけれど、アフリカからの留学生ではなく生粋の日本人。
そんなムカササン。

四十路を手前にして何か学びたいという情熱は買っていた。ただ、同じ日にシフトに入ると、自分が国立大生(定時制だけど…)であることを自慢し、学歴マウンティングを図ろうとして、やたらと議論をかましてくるウザいキャラだった。

とにかく困ったのは、毎週のようにバイトのシフト交代を頼まれること。しかも当日の夜になって、バイトが始まる1時間くらい前に、明らかな仮病を使って…。

だいたいいつも夜22時過ぎくらいにかかってくる電話に出ると、


ゴホッ、ゴホッ!
あのムカサですけゴフォ!!
きょう風邪をひぃゴフォ、
ちゃってゴホゴホ!
今夜のバ、ゴフォ、
バイト替わってもらませんか、
グフッ!!


当時の記憶を文字に起こしてみても、やはり、だいぶわざとらしいぞムカササン…。

深夜のバイトは僕を入れて4人で回していて常に2人体制だから、1人が休むと頼めるのは残った2人しかいない。そんなわけでムカササンの頼みを断ったとしても10分後くらい経つと次は店長からヘルプの電話が来る。ただ、僕以外の二人も昼間に別の仕事をしていて、急に夜勤をすると生活リズムに支障が出る。よって必然的に学生の僕へしわ寄せが来るのだけど、無理して夜勤を替わっても、学校とバイトの両立で命を落とすという意味不明な過労死をしかねない。

心の中では「あんた“国立大生”サマなんだから、バイトくらいしっかり責任持ってやれよ」って皮肉混じりに思っていた。

そんなのが毎週のように続いて、その都度だいたい断っていたら、なんとムカササン、とうとう奥の手を使ってきやがった。

ある日、例によって深夜に電話がかかってきた。あぁまたか…とウンザリして携帯を見ると、いつもと違ってガラケーにはテレビ電話の表示が…。今でこそスカイプとかフェイスタイムとかあるけど、当時はテレビ通話なんて滅多に使わなかった時代だ。

何事かとおそるおそる電話に出ると、当たり前だけど画面に出てきたのはムカササン。ただ、その姿は、マスクをして布団から顔を出した状態だ。風邪どころか、何らかの重病患者を思わせるような感じ。そして…、


あ~、グフォ!
すみません。
ムカサ、グフォ…ですけど、
風邪をゴホゴホ…、
ひいてゴホッ!しまったので
今夜のバイト、ゴホッ!
替わって…。


病んでいる姿をテレビ電話で見せれば簡単に断れないと思ったのかムカササン。しかし、もう寝る手前という時間に暗い部屋の中で独りで見るその映像はホラー映画の類。あまりに怖すぎたので、とにかく素早くお断りして電話を切った。

結局最後までムカササンと打ち解けることはなく、その後の彼のことは知らない。今では還暦手前の歳になっているはずだ。歳下の立場ながら、大学で勉強するよりも体調管理と社会規範を学ぶ方が先ではないかと思っていたが、果たしてちゃんと国立大学を卒業して立派に社会でがんばっているだろうか。

当時は変な人だと思ったけど、今では懐かしいキャラクターになったムカササン。僕は当時と電話番号変わっていないので、どこかでこれを読んだら連絡をください。ただ、深夜にいきなりはやめてね。笑

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