一人暮らしの自宅療養に対して思い出すこと

今週はいろいろ重なって体調が思わしくない。ただ、新型コロナの症状ではないのでご心配なきよう。

さて、新型コロナの自宅療養者が全国で12万人を越える勢いになっている。

いまだ訳のわからないこの病にかかり、自宅で回復を待つ人は例えようのない不安を抱えていることだろう。特に一人暮らしで過ごしている人はなおさらだと思う。

幸いながら僕は新型コロナウイルスには感染していないが、一人暮らしを20年近く経験していると原因不明の体調不良に襲われて自宅療養に追い込まれた経験が何度かある。



最も忘れられないのは大学に入って一人暮らしを始めたばかりの時のことだ。

最初は当時住んでいた部屋で寝転びながらテレビを見ていた。キッチンでは鍋に火をかけたままの仕込み中のおでん。そして、そろそろ十分煮えただろうと思って立ち上がると、なぜか足がふらつき、妙な気持ち悪さを感じて座り込んでしまった。

小学校から高校まで無欠席で登校した元・健康優良児としては初めての感覚だった。とりあえず狭い部屋の中を四つん這いでキッチンまでたどり着いて鍋の火を消し、ベッドまで行く余裕もないままその床の上で寝転んだ。

当時は一人暮らしを始めたばかりでこういう時の知恵もなく、意識はあったので急な風邪か熱だろうと思っていた。すぐに携帯で家族に知らせることもできたが、電話をすれば、あの心配性の親のことだから実家からアパートまで飛んでやってくるに違いない。仕事を休んでまで来てもらうのは申し訳ないという気持ちの方が先に立った。まずは少し寝て様子を見ることにしよう。

その後、寝て起きてを繰り返す間に這うようにしてベッドまでどうにか辿り着くことができた。ただ、一度ベッドに横になったらもう立ち上がることすらできず、そんな日が3日間続いた。

あくまで新型コロナウイルス感染症ではない只の体調不良ではあるが、一人暮らしの自宅療養を経験して最も大変だったのは食事だ。今ならフードデリバリーやアマゾンなんかで食料が手に入るだろうが、当時はそういったサービスもない。あったとしてもピザのデリバリーだが、携帯のiモードくらいしかなかった頃は、そういう情報を調べる術も乏しい。今の学生世代には信じられないかもしれないが、当時はそういう時代だったのだ。

その上、まずは立ち上がることができなかったから、たとえ配達が頼めても玄関まで行くことができない。鍋の中のおでんはそのままだったが、立ち上がって調理ができるような体調ではない。そもそも食欲自体が起きてこない。そうして半日に一度くらい部屋の中を這って水を飲みに行くのがようやくで、2日間ずっと何も食べないまま過ごした。

自宅療養3日目。相変わらず立ち上がることができず、ベッドの上で寝込んだままだった。ただ食欲は徐々に戻りつつあった。そんな時に久しぶりにケータイが鳴った。かけてきたのは大学でまだ数少なかった友だちの一人で、その曜日に同じ講義を取っていたニシザワ君だった。

「おー、今日の授業出てこなかったけどどうしたの?」

山形出身で東北訛りの入った朴訥とした口調のニシザワ君。体調を崩して寝込んでいることを話すと、こちらは何も言っていないのに「ちゃんと食べてる?」と聞いてきた。そして食事できていないことを話すと「今から何か買って持ってくよ」と言う。本当はすごくお腹が空いていたけど、さすがに来てもらうのは悪いので「大丈夫だよ」と言うと「遠慮せずに。ちょっと待ってて」と。

それから30分くらいして、アパートの外にニシザワ君のバイクの音が聞こえる。僕の部屋は一階でベッドのすぐそばに小窓があった。携帯に電話してそこを開けると伝えると、窓には外からコンビニの袋をぶら下げたニシザワ君の腕が。それを受け取ると「がんばれよ」とだけ言って帰っていったニシザワ君。袋の中にはパンが2つとおにぎり1つ。惜しむように食べたのを思い出す。

一人で暮らすのも延べ20年近くなって、もう何が起こっても不安を抱えることはなくなった。でもきっと世の中には、あの頃の僕のように独りで不安を抱えながら自宅療養している人が大勢いると思うといろいろと考えさせられるものがある。

学年が上がって履修科目が変わったり、ゼミの仲間とつるむことが増えると、ニシザワ君と会うことも減ってしまい、卒業後は一度も連絡をとっていない。ただ、大学の4年間の中で最も忘れることができない友人のひとりだ。今ごろ、どこで何をしているだろうか。西澤忠一君、もしこれを見たら連絡をください。



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