ラーメン評論家のセクハラ・中傷問題を見て感じた僕の雑感

グルメ取材は「対・料理」ではなく「対・人」

ラーメン評論家のセクハラ・中傷問題が炎上している。今回の“評論家”とされる男性がブログで反論を発表して火に油を注いだ形だ。こういう話に持論を言っても僕に何の得もないのだが、広義の意味で同業者であるひとりとして簡単な雑観を述べてみたい。

まず、今回の件を見て僕は率直に、取材側と取材相手の間に「性別」なんてなければいいのに…と思ってしまった。僕は取材相手は性別関係なく「ひとりの人」として向き合っているし、片親の環境で母親の背中をずっと見てきたので、働く女性の苦労はよく知っているつもりだ。だから、偏った目を持たずに、常に相手へのリスペクトを持って仕事にあたりたいと思っている。



ひとつに、今回の問題がここまで発展してきているのはラーメンというのがキラーコンテンツであり、また関わる人々の裾野が広いコンテンツであるということも要因なんだと思う。飲食業界さまざまなジャンルがあるけれど、ラーメン以上に幅広く、また有象無象の人々が関わっているジャンルは他にないだろう。

その上で、グルメというのは訪問記レベルの話ならば、店に話を聞かなくても「対・料理」の主観で書けてしまうものもある(むしろ主観の方がいいものもある)が、プロライターになると店主や調理人をはじめとした「対・人」のコミュニケーションが欠かせない。

よって、「自称」も含めて関わる人の裾野が広く、当然その全員がお利口なわけではないため、いろんなところで「人・対・人」のトラフィックが起こる。つまり、そもそも他の領域よりも人間関係的なトラブルが起こりやすい土壌がある。今回の件は、そのうちの「業界では少数派の女性店主 vs キツいおじさんラーメン評論家」という構図の中で起きたレアケースが、店主の告発によって白日の下にさらされた形だろう。

職場ではミドリムシやクラゲのようでありたい

さらに本音を言うと、これだけ多くのコミュニケーションが生まれていれば違う構図もあり得る。あくまで想像の範囲だが、男性のライターだと気持ちよくしゃべってくれない相手だったり、こちらの“格”を異様に気にする人だったり…。このあたり、自分をいきなり女性に変えることはできないし、その領域の経験値を急に高められるわけでもない。だから、僕はこういう業界で「(便宜的な言葉としての)普通の男性」として生き抜くためには、等身大の僕を好まない人からも話を引き出せるだけのスキルと精度を身に付けなければならないと常に言い聞かせてきた。ノンジャンルでやっているのも、そういう万能性を身に付けたいからというのもある。

編集者としてもライターとしてもいろいろ見てきたので、仕事に性を持ち出す人は好きではない。ちゃんと実力を見て評価されたい。職場ではミドリムシやクラゲのように性別のない存在でありたい。たぶん、大半の人がそう感じることは多いのではなかろうか。

取材される側と取材する側は共存共栄だと思っている。情報を作ってくれるお店や人がいないと僕たちの仕事は成り立たない。だから相手にリスペクト持つことが大切だ。そんな中で今回の件がより拡大して、自分がいる業界に妙な警戒心や不協和音が生まれないでほしいと切に願っている。

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済など様々。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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