新潟の修学旅行生が美術館の作品を破損した件に感じる雑感

最近はコロナ禍で「使い終わった鉛筆は返却せずに持ち帰ってください」ってケース増えたね

新潟・十日町市で修学旅行中の中学生が館内の芸術作品を破壊し、美術館が被害届を提出したというニュースがちょっとした話題になっている。

今のところ、ストレートニュースのみの情報で詳細はわからないが、「作品を鑑賞していた生徒が2つの作品を“壊した”」という記事の内容から察するに、偶発的な事故ではなく故意に壊したということなのだろう。



美術館というのは、何百円、何千円という入館料金の数百倍の価値を持つものが展示されている施設である。本来はその価値を知る人が「見させていただく」という姿勢でマナーを守って見学するのが基本だと僕は思っている。

だが、修学旅行生のような集団の中にはそうした認識がなく、なおかつ自分の意思とは無関係で連れてこられたような生徒もいるだろう。そして被害届が出るような始末になったということは、おそらく破損に及ぶ以前にも大声をあげたり暴れたりといった、事件の予兆になるような現象が何らかあったのではなかろうか。

あくまで推測に過ぎないが、この件について考えていたら、最近、僕自身が目撃した件が重なって、美術館が抱える問題点について考えさせられた。

つい最近、ある美術館の内覧会を訪れた時のことだ。展示風景の写真を撮っていたら、近くにいた撮影クルーのディレクターらしき男性と展覧会スタッフが何やら言い合っている。少し近く寄って聞き耳を立ててみると、自分のボールペンを使ってメモを取っている男性に対してスタッフが貸し出し用の鉛筆を使うように促したが、男性がそれを拒んでいるらしい。男性は無愛想な態度で、「は?」という顔で注意を跳ね除けようとしている。

作品保護の観点から館内でメモをする際には鉛筆を使うというのが美術館の基本的なルールである。万が一、筆記具で汚れがついてしまった場合、鉛筆でついたものなら消しゴムで消すことができるが、ボールペンなどのインキとなるとそう簡単には消せない。よって、大体どこの美術館でも鑑賞メモ用のプラスチック鉛筆を用意して無料で貸し出している。美術鑑賞では最低限の決まりごとである。

スタッフの女性はそういった決まりを丁寧に説明しているが、やや“キレ気味”の男性は「仕事の邪魔すんなよ」といった表情で話を聞こうとしない。注意されているということは、そこに何らかの意味があるわけだし、ただペンを鉛筆に持ち変えるだけだから強引に我を張るようなところでもない。広義の意味で自分と同業の人間になるわけだが、こういうマスコミっぽいマスコミの人って今だにいるんだなと正直ドン引きした。

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さらに驚いたのは、次に男性が言った言い分だ。

「これは消せるボールペンだからさ。何か問題あるのかよ?」

これには空いた口が塞がらなかった。消せるボールペンといってもボールペンであることに変わりはない。もしもそれで作品を汚したとして完全に消すことができるという確証があるのか。何百万円あるいは何千万円という値が付くような芸術品を傷つけて、その損害を個人もしくは会社で弁償できるのかね。消せるボールペンだから…それは個人の身勝手な理屈だろう。

結局、彼は我を突き通したままボールペンを持ち帰ることなく、スタッフの女性も空気を読んだのか、これ以上は大事にできないと持ち場に帰った。僕は取材先と自分は共存共栄の関係だと思っている。協力すべきところは協力するのが当たり前だと思っているので、こんなのと同業者だと思われるのは勘弁だと嫌悪感を抱く件だった。



新潟の修学旅行生の件と僕が経験した今回の件。2つの件を重ねて思ったのは、美術館職員の立場の弱さである。修学旅行の学生が舞い上がってふざけていたり、あるいは僕が見た彼のようにペンの使用を注意されても直そうとしないといったリスク程度の行動では「追い出す」という判断はなかなかできないだろう。実際に美術館にいても客が追い出されるというケースはまず見ない。ましてや巡回スタッフの権限では上長に判断を仰ぐことが必要になる。「自分はお客様だ」と思っている人が注意されたことに腹を立てて大きなトラブルに発展したら周囲の鑑賞にも影響が出る可能性があるので扱いが非常に難しい。ただ、ルールを守っている側からすると決まりを守らん人を人を見るのもとても不愉快だから、もう少し強気の対応があってもいいのではと感じることは実際にある。

新潟の件は一つの作品が修復不能とのことで、美術展関係者も深く心を病むような事態だと思うが、唯一光があるとすれば作家が存命の方である点だろう。これが物故作家の作品だったら本当に本当に取り返しがつかないことになっていた。もう作家が存命ではない作品は、美術館がお金をかけても、壊した本人が弁償しようにも、もう元の形に戻すことができないのである。学校側の責任なのか、生徒個人の責任なのか、年齢がいくつであっても状況検証のもと責任の所在をはっきりさせるべきで、これを悪しき前例として再発防止の動きが起こることを願っている。

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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