不浄の手〔近所の公衆トイレで出逢ったインド人編〕

世の中には決して破ってはならない風習や伝統がある。もちろん、その中にはある地域や国の中だけで守られているローカルルールみたいな決まりも存在する。

先日、夕飯の食材を調達をしに近所のスーパーに寄った時のことだ。僕にとってはよくあることなのだが、買い物カゴを取ったところで尿意を感じて、先にトイレに寄っておくことにした。

その店は店内にトイレはないが、入居している建物の別の場所に施設共用のトイレがある。

四畳程度のスペースしかないトイレに入ると、2つある「大」のうち、片方の扉が閉まっていた。僕はそちらには用がないので「小」の前に立った。



すると、閉まっている扉の中から何やらノイズのような音が聞こえてくる。いや、これはノイズではなくて、中にいる人が電話で話している声だ。ただ、その言葉は日本語でもなければ英語でもない。中国語でもなく、聞き慣れない言語である。ただ、もったりとしたイントネーションから察すると、おそらくインドをはじめとした南アジア系の人であることは推測できた。

話の内容はよく分からないが、その声は外に丸聞こえだ。日本人の感覚ならば、トイレの個室で電話をするなんてありえないが、大便をしながらでも話さなければならないとは、よほどクソ重要な話なのだろう。とにかく夜の薄暗いトイレで、知らない言葉を聞きながら無防備な姿で放尿するというのは地味に怖い体験なのである。

そして、こちらが用を出し終わろうとする頃…。ガチャッと鍵をはずす音がして背後の扉が開いた。

中から出てきたのは、やはり南アジア系と思しきコック姿のおじさんだった。コック姿? そうか、そういえば、この階にインド料理屋があるから、そこの料理人か。

彼はこちらの目を気にすることなく、出てくる瞬間も話しているが、僕の眼は何よりもスマホを持つ彼の手の方に集中してしまった。左手にスマホを持っているということは…。

インドで左手といえば「不浄の手」として知られている。それこそ排便した時にお尻を拭くのが左手だ。多くのインド人は左手で握手をすることもなければ、食事をする時も左手は使わない。ナンを千切ったりする時も右手だけで器用にやるので、左利きの僕はインドを訪れた際には随分と苦労した記憶がある。いや、たとえインドに行ったことがない人でも、それは彼の国の特徴的文化としてよく知られていることである。

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つまりコックの彼はその不浄の手でスマホを持っているのだが、それでは、どちらの手を使ってお尻を拭いたのか?

そもそも電話をしながら尻を拭くこと自体が難しいが、例えば肩と耳でスマホを挟んで尻を拭くというのはなかなか難易度の高い技だ。もしもバランスを崩してスマホをポロッと落としたら、最悪の場合、流す前の便器の中へダイレクトインという可能性もある。ひとつ考えられるのは拭く時だけスマホを右手に持ち替えたということであるが、さて果たして…。

日本人からしてみれば左手でお尻を拭くことなんて何の問題もないけれど、インドの食堂で頑なに右手だけを使ってメシを食うインド人の原理原則を肌で感じて知っているだけに、どうしても気になってしまった。その反面で自分も外国に出ればそういう先入観の目で見られているんだろうなと改めて感じた出来事でもあった。

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鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済など様々。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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