ヨーロッパ帰りの飛行機内で味わった超不快体験のお話
マックで遭遇した戦慄のブルブルおばさん
執筆作業が増えるとマクドナルドさんにお世話になる時間が増える。カフェで作業するのもいいけれど、特にインタビューのテープ起こしをする時は自分の声と向き合うことになるので、店内放送が流れているくらいの騒がしさがちょうどいい。
今も近所のマクドナルドでこうしてパソコンのキーボードを叩いているわけだが、今日は隣の席に座っているコケシみたいな風貌のオバサンが、銀行員が札を数えるようなスタイルで両手に持ったスマホをずっとブルブルと前後に振り続けている。
こちらに振動が届くくらいブルブルと降ったら少しスマホを机に置き、またブルブルと振り始める。スマホで動画を見ようがゲームに熱中しようが、さらにはスマホをメンコみたいにして遊ぼうが、自分の席で何をしても個人の勝手だということは分かっている。ただ、ずっとブルブルしている姿が視界に入るのは不快である。はたしてスマホを振れば振るほどポイントが手に入るみたいな儲け話か、それともスマホを使った新興宗教のお祈りか。何でブルブルしているか分からないけど、とりあえずさっき買ったフリースが入ったユニクロの袋をアクリル板の横に置き、そのブルブルを視界から遮った。
ローマ発経由地行きの機内にて
そんなブルブルに若干の不快さを感じながら、ふとある旅の記憶が脳裏に蘇った。あれは数年前にヨーロッパから成田への経由便で、ローマから某大陸の某都市に向かっている便の中の出来事だった。
プライベートなので運賃をケチって経由便を選んだことは否定しない。ただ、幸い取材に体を縛られない時は移動しながらでも働ける立場だ。おまけに睡眠が取れる環境と暇潰しのアイテムさえあれば12時間でも24時間でも同じ体勢でいるのが苦ではない体質なので、急ぐ必要がなければ経由便でも構わない。むしろトランジットで未知の空港に寄れることにワクワクする性格でもある。
そして暇潰しのアイテムという面では、国際線は映画が見られるから退屈しない。ヨーロッパ・アジア間になると10時間くらいは飛ぶので、寝ずにがんばればロード・オブ・ザ・リングなんかを完全視聴できる。たまに劇場公開中や日本未公開の作品があったりするので“儲けもの”である。だがしかし、ここではそれが超不快体験の原因になるのだった。
基本一人旅の僕なので当然この時も一人で飛行機に乗っていた。こちらは一度座ったら地蔵のように動くことはないので、横の人が用足し等で出ていくたびに動きたくもない。そういうわけで、この時もいつもと同様、チェックインの時に窓際の席をリクエストした。
離陸してしばらく経ち、安定飛行に入ったところでお楽しみの映画鑑賞のスタートだ。既に往きの機内で作品の目星は付けてある。ディスプレイのスイッチをつけて、リモコンで目当ての作品を探す。
確かハリウッドのアクション映画だったか。シートを倒してリラックスしながら映画を満喫していた。すると、しばらくして隣の方からクスクスと笑い声が聞こえる。たまたま僕が見ている映画でギャグが飛び出したのと同じタイミングで…。
「見られている」という恐怖
最初は偶然だろうと思ったが、また笑える場面が来たところでやはり笑い声が聞こえてくる。「まさか?」と思っておそるおそる右横を見ると、なんと隣に座っているサモハンキンポーみたいなオジサンが僕のディスプレイを見ている。もちろんたまたま隣の席になった知らないオジサンである。国際線に乗ったことがある人なら分かると思うが、これは「マジか!」と心が恐怖に震える瞬間である。
飛行機にしても高速バスにしても、決して短くない時間を隣の席の人と共有するため、あからさまに正面をきって不満を言うのは難しい。相手によっては余計なトラブルを招きかねない。それでもこの状況だと文句のひとつも言いたくなるものだが、どうやら経由地のご出身の方のようなので言葉も通じない。そういうわけで、たまにチラッと相手の顔を見て不快なそぶりをしてみるのだが、まるで気付くそぶりなく一向にやめてくれない。
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その刹那、僕はこう思った。
世の中には「自分の常識は他人の非常識」という言葉がある。まして相手が外国人なら、なおさらそういうことは多いだろう。だから僕が「相手の顔をチラッと見て不快なそぶり」と考えていることは、外国人である相手したら「不快なそぶり」に見えないのかもしれない。むしろ相手にしてみたら、僕が「なぁ、この映画。超面白いだろ!」ってアイコンタクトで共感を求めているのだと大きな勘違いをしているかもしれない。
言葉が違う相手に思いを正しく伝えるというのは本当に難しいのである。だからこそ瞬時に気持ちを伝えるならオーバーアクションが重要だ。そういうわけで今度は90°直角に首を回して相手の顔をしっかり睨んだら、ようやく空気で察して、こちらのディスプレイから目を外してくれた。
ところが不毛な争いはここで終わりではなかった。
やっぱり「見ている」
それからしばらく経ち、再び映画を見ていた。それで、それとなく隣のオジサンの方を見てみると、再びこちらのディスプレイを見ている。ここまで来ると怖い、怖すぎるぞ。さっきまでの笑い声は無くなったけど、僕は笑い声が不快というではない。あんたの席でも同じ映画が見られるのに、わざわざ僕の映画を見ているあなたの視線が不快なのだ。
もし映画の見方がわからなければCAさんを呼んで聞けばいいだろう。もし僕が途中で消してしまったら君も途中までしか見られないが、それでいいのか。そもそも何より人の画面じゃ音声も聞こえないし、字幕だって日本語だから読めないだろう。
…と、いろいろな「ありえない」が心の中に浮かんだが、それを彼の国の言葉で説明するような語学力もなく。ついでにそんな意味のないことに費やす労力ももったいなく。結局、そのままというのも気味が悪いので、席のラックから免税店のカタログを取り出して、今日のユニクロの袋のようにパーテーションを作って彼の視線を遮った。着陸態勢のアナウンスが流れるまで、ずぅっと。
おそらく飛行機に慣れていなくてディスプレイの使い方を知らなかったか、それとも映画を見るのに別途料金がかかると思っていたか。今考えればそのどちらかだったんだろう。そもそも視線を感じた時点で僕が彼に映画の見方を教えてあげればよかったのだが、あの時は不快感が先に立ってそんなことを考える頭がなかった。そこは反省しています。
なお、僕がこうしてこのブログを書き終えた今も隣のコケシちゃんはスマホをブルブルと振り続けている。もう初詣は終えただろうか? 腱鞘炎にでもなったらお賽銭を投げるのにも支障が出るだろうから勝手に心配になってしまう。
【about me…】
鈴木 翔
静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。