さよならロン毛、おひさしぶりだね短髪 -Good bye long hair-
誰からも理解されないが、10年に一度の周期で髪を伸ばしたくなる時期がある。この一年がそれにあたった。
去年の夏の終わり頃から伸ばしはじめて、仕事に支障が出ない程度にごまかしながら、とうとう肩につくくらいまでの長さになった。
ただし、伸ばしたいという願望がただ湧いてくるだけで、自分にロン毛が似合うかどうかは別問題である。幸い毛量は多い方だ。だからショート、ロング、パーマ、茶髪、シャギーにツーブロックと10代の頃からいろいろ試してきたが、生まれてこの方、文句なしに満足できる髪型に巡り合ったことがない。そういうわけで頻繁に髪型と長さが変わるわけだが、ロン毛の時は軒並み周囲の評判が悪い。
コロナ禍で親しい人間たちに会うこともなかったので、今回は誰彼からも批判されずに伸ばし続けてきたが、とうとう仕事で悪印象を与えそうな長さに達した。よって近所のヘアカット店に出かけることにした。
物事を理詰めで説明しなければならない職業でありながら、実は自分が希望する髪型を伝えるのがとても苦手な人間である。それは似合う髪型がわからないゆえ、自分の中で答えを見つけ出せないからでもある。髪を切る時はだいたい、椅子に座るその時までどんな風に切ってもらおうか決めていない。そして「どれぐらい切りましょうか?」って聞かれて、うまく伝えられずにテンパるのである。今回もそんな感じだった。
ただまぁ、せっかくここまで伸ばしたんだから、長さを利用してちょっと遊びたい。順番を待ちながら、そんな風に考えて店内を見渡していると、近くで別の客の髪を切っている美容師さんが、長めの髪をツーブロックにして、アシンメトリーな感じで片側に寄せてセットしたワイルドな髪型をしていた。あぁ、ああいう感じはまだやったことないからいいかもな、長く残して上で結んじゃったりもできるしな…と思った私。
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しばらくして順番がやってきて、今回も「どれぐらい切りましょうか?」とお決まりの質問。そこで「あの、せっかく伸ばしたんで上を残したまま、長めのツーブロックにできますか?」と尋ねてみたら「できますよ」と彼は言う。
「じゃ、それで」と頼んだわけだが、それでやってくれればいいのに(まぁ、そんな簡単なオーダーだけで切れないのも理解しているけど)いろいろ聞いてくる。「うしろは刈り上げるか、それとも自然な形にするか」とか「全体を少し梳くか」とか、さらには「前髪はどれくらいで揃えるか」とか。そもそも最初の一歩目のオーダーがしっかり言えない人間からすると、完成形の像が見えないゆえに細かい質問をされてもよくわからないのである。だから、こういう時はほとんど「よくわからないから、あなたのセンスでバランス良くまとめてください」と伝える。餅屋は餅屋…なので素人がいろいろ言うよりもプロに任せておけば問題ないと思っている。
すると、上部の髪を洗濯バサミみたいなもので挟んで浮かせ、両サイドをバリカンで刈り始めた彼。両サイドの髪も伸ばし続けたものなので、バリバリと数センチまで短くされるのは多少寂しい気持ちもある。
そうしてサイドがスッキリしたのに続いて、上部にまとめていた髪を下ろして今度はハサミでカットしていく。チョキチョキチョキ…、チョキチョキチョキ…、心地よい手捌きである。およそ一年かけて伸ばし続けた髪たちがマントの上をパサパサと滑り落ちていく。さらば、かつて俺の一部だった者たちよ…と、そんな風に感慨に耽っていたわけだが、あれ、なんか落ちていく髪の量、すごく多くない?
…そういうわけでカットが完了すると、ワイルドなダンディどころか、すっかりものすごく好青年風の短髪にモデルチェンジされてしまっていたのである。確かに「あなたのセンスでバランス良くまとめてください」とは言ったけど、ここまで短くしてくれとは頼んでないぜ!
床には通常の男性の頭3個分はありそうな、大量の髪の毛。あぁ、マジか。笑顔で「ありがとう」と言って帰ってきたけど、内心は切られすぎてちょっと不満を抱えながら帰宅。誰に何を言われても、もう少しロン毛でいたかった…。
しかしながら、次の日になって髪型を整えてみると意外と収まりがいい。仕事で取材先に行った時も周りの人の視線が心なしかやさしい。道を歩いていても、前みたいな警戒の目がなくなったかも。そして、頭が軽くなって気分が少し明るくなった気がする。
たぶん、伸び伸びのロン毛を見て美容師さんが居ても立っても居られずに一番似合うと思う形にしてくれたのかな。まぁ、そうでもなければ本人ではなかなかバッサリ切る気にはならないし。怪我の功名とはこのことか。いや、それはなんか言葉の使い方がおかしいか。
次の“ロン毛期”が来るのは、また10年後。次は伸ばせる髪があるかどうかが問題だけども。
そういうわけで、さよならロン毛、おひさしぶりだね短髪。
【about me…】
鈴木 翔
静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。