上司が言ってしまいがちな「馬車馬のように働け」。その再考察

インドネシアの馬車馬

君は本物の「馬車馬」を見たことがあるか?

ある時、社会人として若葉マークが付いた子と話していて、向こうからこんな言葉が出た。

「上司から『馬車馬のように働けよ』って言われました(笑)」。

その子は、まるで社会人として洗礼を受けたかのように嬉しそうに話すのだが、聞いている私は「なぜそんな残酷なことを楽しそうに話せるのか」と、内心でゾッとしてしまった。



皆さんは本物の「馬車馬(ばしゃうま)」を見たことがあるだろうか。馬車馬といっても“〇〇ファミリーランド”みたいなところで、子ども向けに決まったコースをパカパカ歩いているやつではない。労働用に使われているガチな馬車馬のことだ。僕は旅先で何度か本物の馬車を見たことがある。途上国では、今でも馬車が荷物やゴミの運搬で活躍したり、タクシー代わりに街の真ん中を歩いている国がある。

歴史都市なんかを歩いていればクラシックな風情を感じる乗り物だし、何を乗せるにせよ、そのパフォーマンスでお金を産んでるのだから、商売としては何ら否定はしない。しかし、自動車という疲れを知らない乗り物がある時代に、革の紐でガチガチに縛った生き物に車を引かせるというのは、やや痛々しい光景にも映る。

そして、珍しさゆえ写真を撮ろうと近くに寄ってみると、その馬たちの顔は、だいたい痩せこけ、覇気がなく、疲れ切って憂いを帯びている。

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つまり「馬車馬のように働け」というのは、会社の規則とノルマにがっつり縛られながら、必要最低限の食料(報酬)で、手綱を引く上司の意のままに疲れ知らずで動く馬になれ…という意味である。時には疲労困憊でも目の前にニンジンをぶら下げられ、ケツにムチを打たれることもある。アフター働き方改革の時代に社会へ参入したメンタルもやしっ子たちに、その言葉は通用するだろうか。いや、そんなスパルタな働き方自体が、もはやブラックなのではないだろうか。社会人時代、結果的に本物の馬車馬になった経験がある私は、相手の若者が言うその言葉にコーヒーを持つ手が震え、背筋が少し寒くなった。

ただ、今回は言われた本人も、僕に(笑)が付く感じで話すくらいだから真に馬車馬のようなパフォーマンスを見せることはないだろう。繰り返すようだが、この子はきっと、本物の「馬車馬」を見たことがないのだから。

現代の若手がなるべきは「馬車馬」ではなく…

「ほめて伸ばせ」が当たり前になり、リーダー不在の非階層式組織なるものの導入も謳われるようになってきた時代。「馬車馬のように働け」というのは上から目線がはっきり見える言葉なので、今の時代にそぐわない気もする。馬例えのまま、現代風のエールに置き換えるならば

「競走馬になって一等を目指せ」

とかの方がしっくりくるのではなかろうか。

会社からしっかり栄養を与えるから、十分に力を蓄えつつ、レース(正念場)の時には存分に力を発揮してくれ。

意味合いは、そんな感じだろうか。

一方で、馬車馬は主従関係の下であることがはっきりした立場だが、競走馬は速く走ってくれないとお金を生まないので、馬車馬に比べたら強い立場にある。だから、馬の方からも「速く走ってやるから、もっとエサをよこせ」と、主人に主張できる。使う側と使われる側が双方向で言い合えて、「馬車」よりも健全な関係といえるだろう。

まぁ「一等を目指せ」は、決して頂点に立つことがゴールではなくなってきている今の若い衆には余計なプレッシャーかもしれないが。まぁ、それだけ君に期待しているよ、という思いの表れである。



ちなみに、今月は「日本の鉄道開業150年」の記念月間ということで、各地でメモリアル企画が行われているが、日本で馬車が走り始めたのは幕末になってからと、鉄道開業とさほど変わらないらしい。しかも日本では馬車はさほど普及しなかった。であるなら、「馬車馬のように働け」というビジネス慣用句を誰が言い始めたのか。そこも興味深いところである。

さぁ、上司から「馬車馬のように働け」と言われたら、ヒヒーンと泣かされる未来にならないよう、「馬車馬は嫌っす。競走馬になります」とすかさず言える自己肯定感の高い人になろう!笑

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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