HARUMI FLAG(晴海フラッグ)のある晴海ふ頭公園までウォーキング

気持ちのいい海沿いウォーキング!

生まれ変わりつつある晴海埠頭へ

日頃、自転車移動の生活で、一日平均10キロくらいは走っている。それで移動と体力作りを両立できていると思っていたのだが、たまに長い徒歩移動があると、歩く体力が落ちているようにも感じる。たとえばプールにいることが長い水泳選手が「地上よりも水の中にいる方が楽だ」なんてことを冗談混じりに言うように、自転車を漕ぐのと歩くのとでは使う体力、筋力が違うということだろうか。

とにもかくにも、歩く体力は、旅にも登山にも最低限欠かせない必須要件なので、定期的にウォーキングをすることにしている。



歩道が広く整備された湾岸エリアなので、何かしら見どころのあるコースには困らない。その中で、そういえば五輪開幕前に選手村予定地を見に行って以降、晴海埠頭の方へ足を踏み入れてないと気付き、そちらを歩いてみようと思った。

五輪開催中に選手村が作られ、その前後含めて関係者以外は入場不可になっていた晴海埠頭。選手村の建物は「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」というタワマン群に再生され、「PORT」「SEA」「SUN」という3つのエリアに計1万人以上が暮らす街が生まれることになっている。ちなみに、よく間違えやすいが、晴海(はるみ)は「晴美」ではなく「晴海」と書く。井上晴美(世代感!笑)の晴美ではない。僕も気をつけるので、みんなも注意しよう。

五輪延期に伴って入居時期も一年後ろ倒しになり、入居が始まるのは来年春からとまだまだ先のこと。1万人というと村ひとつ分に匹敵するような数だから、それだけの大勢の人がドドドっと一斉に引っ越してきて、一気に新しい街が生まれる姿が想像できない。公共交通中心の生活からすると最寄り駅まで大分ある点、周囲の飲食店や商店の乏しさなど、周辺環境的にいろいろ不便も多かろう…と今は思うのだが、ここから先の1、2年でガラッと景色が変わっていくのだろう。

晴海フラッグの建物周辺は未だ立ち入り禁止であり、箱だけあって命が吹き込まれていない状態だ。ただ、海側にある晴海ふ頭公園へ行くことは可能で、新しい街が生まれる前の現在は、知る人ぞ知る海辺のグリーンエリアとなっている。

さて、朝7時過ぎに勝どきの自宅を出発。上空は気持ちのいい青空だ。

環状2号線からタワマンのトーキョータワーズの裏手に入り、歩行者専用の朝潮小橋を渡って晴海埠頭へ。そういえば五輪中は、ここから見る選手村のベランダに万国さまざまな国旗がぶら下がって、オリンピックムードが出ていたな…と回想。そして工事中の界隈を抜けると運河沿いに広い歩道が設けられている。


このあたりの沿岸には東京海洋大の研修船や海上保安庁の舟が係留されており、なかなかの見応え。まっすぐ行くと大きな消防署があり、その隣に晴海ふ頭公園の緑地がある。



はて、近くにこんな心地よい緑地があったのか。確か以前に来た時は既に再開発が始まっていて、いたるところに立ち入り禁止の看板が立つ物騒な一体だったが、夕方過ぎにレインボーブリッジを見に来た時なんかは、静かな夜景を求めるカップルたちが集まるロマンチックスポットになっていたような。

こちらにも数艇の船舶が係留していて、なかなか迫力があり、青空と街並みをバックにした風景に映える。


アルゼンチンのブエノスアイレスは、あそこを発見したスペインの征服者が母国語で「ブエンアイレ(良い空気だ)」と話したことから、その名が付いたといわれる。それを知ってから、海辺で気持ちいい風景を見つけた時は、心の中で同じ言葉が出る。

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しかし、ここでひとつ困ったことがある。なぜなら海に面した公園のベンチにパグを連れた男女がいたのだ。

その時の僕は、ちょうどパグが出てくるドラマを見た後だったので、パグに触りたくて仕方ないシンドロームにかかっていたのである。こうなると海の景色はそこそこに陸地にいるパグに首ったけなのだ。

あー、あのフガフガした感じと戯れたーい

お世辞にもイケメンとは言い難い顔を間近で見たーい

しかし、だからといってワンチャン狙って「ワンちゃん、かわいいすね」と気軽に声かけられないところが、健康マニアと不審者との狭間にいる、我々のようなおひとりさまメンズの悲しい宿命である。そして、その間、飼い主は訝しげにこちらの方を見ていたわけだが、あえて言っておこう。パグを連れて歩いている時にジロジロと見られた場合、大半の人が飼い主ではなくパグを見ているのであると。


……くだらない余談を挟んでしまったが、新しくなった公園には船型の巨大遊具(既に落書きいっぱいだったのは少し悲しかった)があったり、足腰が強くなりそうな波型のアスレチックスペースがあったり、小さな子を持つ親にはありがたい空間になっている。晴海フラッグが埋まった暁には、間違いなく近所住民の憩いの場になるのだろうと思うと、こんなに静かな場所であるのはあとわずかなんだろう。

晴海客船ターミナル、終了のお知らせ

そして、さらに進んだ先で、僕はショッキングな光景と遭遇することになる。

え、晴海客船ターミナル、壊しとるやん。

1964年の東京五輪を前に開業した晴海船客待合所を前身とし、1991年に誕生した晴海客船ターミナル。東京ではSHIBUYA109や広尾プラザなども手がけた竹山実氏が設計を担当した。船に入港可能を伝える鉄塔の「F」のサインは、東京湾景のいたるところから見えるシンボルのひとつだ。


去年役割を終えたのは知っていたが、末路を目の当たりにすると、なかなか切ないものがある。さらにショベルカーが待機している裏手に回ると、壁を壊され建物の中が剥き出しになった廃墟感に満ち、前回来た時の風景はもうない。




このあたりから海側に向かってカメラを構えると、左手には解体中の巨大建造物、右手には真新しいタワーマンションという対照的な被写体が写る。それは海の玄関口から新興住宅地へ。街の役割の新旧交代を見せているかのようで、コロナ禍のせいもあって、ここ数年止まっていたかのような時の流れを久しぶりに痛感した。


この先にある臨時のバス停留所がちょうど中間時点。帰りは公園の陸側に取り付けられた歩道を歩いていると、東京五輪のモニュメントスペースがあった。


Site of The Tokyo 2020.
Olympic Village and Paralympic Village.

プレートにはそう刻まれている。開催が縮小され、閉幕後も良からぬ禍根を残した東京五輪だが、いずれ時が経って、その歴史が語られる時、自分がその中心地に暮らしていたことを、きっと僕は子や孫に話すのだろう。

まぁ、そうカッコつけて締めたところで、まずは孫以前に子を持たなければ話にならないのだけど(笑)。

距離にして約3.5キロ。ウォーキングとしてはちょうどいい距離だった。晴海フラッグが賑やかになれば、まったく違う環境になるのだろう。レインボーブリッジを見渡すにも恰好のスポット。静かな環境を楽しみたいならば、今のうちに訪れましょう。

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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