拾った財布を交番に届けて謝礼をもらおうとすると結構めんどくさい


ある風の強い日、路上で財布を拾った
当たり前のことだけど、生きていれば「他人と関わるって難しいなぁ」って思うことはよくある。コミュニケーションは発する側と受け取る側の双方向で行われるものだから、必ずしも発した側が望む答えが返ってくるわけではない。純粋な思いやりから発した言葉が相手にとっては上から目線の同情に聞こえたり、あえて慎みを込めてトゲのない言葉を選んだのに「積極性がない」と言われたり…、これは自分の気持ちを主張したもん勝ちだなぁと思うことも正直多い。
個人的には対面や電話による直接的な会話よりもメール等のテキストベースの会話がコミュニケーションの主流になってきたことがその原因にも思えるが、そこについての指摘はまた別の機会にしよう。
今日はもう一年前の話だから時効だろうという話をしたい。
先に断っておくと、あまりきれいではないお金の話。
去年の風が強かったある日。買い物帰りに近所のマンションの前で財布を拾った。
まだ新品に近く、ピカピカと艶のあるサルヴァトーレフェラガモの長財布。拾ってみるとずっしりと重くて、普段遣いしている財布であることは間違いない。
はて、この建物に住んでいる人が落としたのだろうかと中身を拝見してみたが、運転免許証のような住所が分かるものは入っていない。そうなると、いちおう善良な市民的には警察に届けるしかない。ただ、都心の僻地にあるこのエリアから近所の交番までは自転車でも5分以上はかかる。体ごと吹き飛ばされそうな強風なのでできれば早く家に入りたいところだったが、かつて西城秀樹も「今すぐこれ、交番届けよう」と言ってたし、仕方なく勝どき駅近くの交番に行くことにした。
交番で中身を詳しくチェックすると、5万円ほどの現金、2万円ほどの商品券、クレジットカードや会員証などが入っていることが分かった。警官に謝礼について聞かれたが、決して小さな額ではなかったので、拾得物についての書類の中の「謝礼は欲しいか?(厳密にはそんな生々しい項目ではなかったと思うが)」みたいな欄にYESのチェックを入れた。
財布を拾ったのは初めてではないので、確か半年たっても持ち主が現れなかった場合は全額拾い主のものになり、落とし主が現れた場合でも拾い主が1割程度の謝礼をもらえると記憶していた。
ところが、昔とは法律が変わったみたいで、交番で以下のようなことを教えてくれた。
- 報労金の額は、落とし物の価格の100分の5以上100分の20以下に相当する額となります。
- 落とし主に落とし物が返還された後1箇月を経過すると、この請求をすることができなくなります。
- 3箇月の保管期間内に落とし主がわからなかった場合に、拾った物の所有権を取得することができる。(埋蔵物は6箇月となります。)
(群馬県県警ホームページより抜粋して引用)
簡単に言うと、謝礼は落とし物の価格の5〜20%の範囲内であり、3ヶ月持ち主が見つからなかったら拾い主のものになる。ただ、謝礼については法律的な縛りはなく、交番の若い巡査によると「謝礼の交渉は本人同士でやってください」とのこと。これが後になって厄介なことに繋がる。
落とした持ち主からお礼の電話がかかってきたが…
交番に財布を届けてから1週間。次の週末に知らない番号から電話がかかってきた。出てみると財布の持ち主からだった。
おそらく僕より若い人で、まるでこちらを警戒するかのような暗い話し声。そして前置きもないうちに「あの謝礼なんですけど、警察の人が本人同士で話せって言うんですよね」と言う。うーん、偉ぶるつもりはないが、もっと愛嬌とか社交性とかないものだろうか。
そして僕が呆気に取られたのは次の一言だ。
「謝礼ってどんなものが欲しいっすか?」
は、なんですと?…と、思わず言葉を失った。
別に謝礼が欲しくて拾って届けたわけでもないので「助かりました、ありがとうございました」と言われるだけで、こちらもわざわざ風の強い日に交番まで走った労力が報われる。正直、謝礼うんぬんより、財布が持ち主に戻ったことが分かればそれでいい。でも、ここまで大したアイスブレイク的な会話もなく、ちゃんとした感謝の意思も感じられず、簡単に言うと、これではまるでこちらが“タカっている”かのような感じである。

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例えば、そこで僕が
「プレステ5が欲しいです」
とか
「beatsのヘッドホンが欲しいです」
とか言って交渉するような話でもないし、
「お金でお願いします」
も善意で届けた側が出すような言葉ではない。そもそも
謝礼は「感謝の気持ち」
だから、何を贈るか決めるのは、贈られる側よりも贈る側が提示すべきなんじゃなかろうか。
古いだの堅いだの言われても、時代に阿って変えてはいけない常識はある。
相手の意外な言葉に若干気後れしたが、そんな感じで「特に欲しい“モノ”はないです」と答えると、相手は「では、後で郵便受けに手紙を入れておきますね」と言い、そこで話は終わった。
ちなみに、その持ち主はたまたま僕と同じマンションの2階下に住む人だった。そもそも、それなら電話するよりも直接お礼を言いにきた方が早くないだろうか。それだけで、この相手がどういう気持ちで電話をかけてきたのかが透けて見えたような気がした。
電話でお礼をした相手に手紙を送る必要もないから、文脈的に考えれば、その手紙イコール謝礼(寸志)と理解するのが普通の捉え方だと思う。しかし、待てど暮らせど手紙が来ない。
こんな小さなことはスルーしてしまえばいいのだけど、「謝礼ってどんなものが欲しいっすか?」の一言が頭にこびりついて、どうにも釈然としない。そこで警察に事情を話して相手に連絡を入れてもらったが、彼女は「手紙は入れたはずだが、もう一度入れておく」と言っているという。郵便受けをひっくり返してもそんな手紙は見つからず、何がなんやら…。
結局、手紙が入っていたのはそれから1週間後のこと。開けたら便箋1枚だけで、そこには「ありがとうございました。これからはもう落としません。気をつけます」という簡単な言葉のみ。どちらかというと僕は温情が強い人間だけど、この件は流れが流れだけに情をかけて考えられない。今後財布を落とそうと落とさまいと君のこれからなんかどうでもいい(笑)。結局、ネットでいろいろ調べて書類を作成し、相手の郵便受けに投函して適正な額を請求した。
この件はお互いの常識のズレが主な原因だった。ただ、その一方、一連の流れの中で理不尽だと感じたのは、落とした方には警察から拾った人間の住所が知らされるのに、拾った方には落とした方の住所が知らされないということだ。こんな簡単に個人情報をやりとりするのは今の時代に即していない。僕のようにちょっと話がこじれた場合、相手だけが住所を知っていると言うのは少し怖いところもある。じゃ、謝礼なんて拒否すれば……となるが、それは今回伝えたい話とは別の領域の議論だ。
簡単に言えば、謝礼のやりとりまで警察が関与すべきだと思う。マンパワー的にそこまで手が回らないというのならば、システム化して人の手がかからないようにやればいい。ただでさえ、モラルハザードなんて言われて久しい時代だ。こんなんだと財布を拾っても警察に届けようという善意を持つ人が減るだろう。
なお、最終的に金銭で謝礼を頂いたが、仕事で得たわけじゃないお金を進んで使うことができず、一年たった今も封筒のまま棚の奥に眠っている。

【about me…】
鈴木 翔
静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。