「思いやり、ありがとう」を「思いやり、この野郎」で返された時のやり場のなさ

君らそこでずっと自撮りしてると、ワシが写真撮れないんだな…。

子どもの頃、「思いやり、ありがとう」という交通標語か何かの言葉を「思いやり、この野郎」なんてモジって、友達の間で笑いのネタにしていたことがある。

もちろん、つまらない冗談だが、大人になって人に何かを譲る時、相手からそういう予想外の反応をされることがたまにある。例えば、ある日の昼にラーメン屋の行列に並んでいた時のことだった。



そこは複合ビルの地下にあるカウンターに7席ほどの小さな店だ。前から一度寄ってみたいと思っていたけれど、いつも行列に着くのが億劫で断念していた店だった。でも、いつ来ても行列をクリアしないことには入れなそうにないので、この日は観念して列の最後に着くことにしたのである。

すると、僕の後ろに初老の夫婦がやってきた。周りの店を見ながら、あーでもないこーでもないと話しているところを見るに、この店を狙ってきたというより、行列を見てたまたまここを選んだという印象だ。

列が減るのを待つ間、ずっと何かしら喋っている夫婦。その会話は自然と僕の耳にも入ってくる。きっと食事中もいろいろ会話を楽しみたいのだろうに、わざわざカウンターだけの店を選ばなくても…。そんなことを思っていると、案の定、夫婦の片方がこう言う、

あー、これだと一緒に座れそうにないねー。

やっぱりな。座ってる人たちを見ても、列の前の方を見ても全員が一人客だ。二つの席が同時に空く可能性はだいぶ低い。回転重視の店側も、集団で来る時は離れた席になることを覚悟で…という感じだろう。



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そんな風に行列が一人減り、二人減り、とうとう次は僕の番である。おそらく向こうの席が空きそうだ…と思っていたら、まさかのまさか、目の前の席に座っていた二人が同時に食べ終わって立ち上がった。

こうなると思いやりの精神だ。僕の後に夫婦が別に座られてもバツが悪いので、先に座っていただこう。そういうわけで、

僕、あとでいいんで、お先にどうぞ。

と気持ちよく譲ったつもりだった。しかし、二人は意外にも、

いやいやいやいや、

と声を揃えて言う。

ほっ、何ですと?

まさかの拒否

さっき、並んで座れないと言ったよね?

それに、この状況で譲らなかったら、きっとあなたたち、店を出た後に「あの人、なんで譲ってくれなかったんだろう」ってなるよね?

まごまごとした状態になって周囲の時間が止まる。席が埋まらず店の人も、やや困った顔をしている。何事かと、周りの客の視線がこちらに集まり、不必要に恥ずかしい思いをする。

どうせ次の席はすぐに空く。あまり綺麗な言葉ではないが、内心、はっきり言って、

いいから、つべこべ言わず、早く座ってくれ。

という気分だった。

「思いやり、この野郎」の経験を何度かすると、だんだん他人を思いやる気持ちを持たなくなる。きっと、それが世に言う「擦れていく」ということなのだろう。

一方で、バスや電車の中でお年寄りに席を譲ろうとして断られたり、エレベーターを降りる時に異性に先を譲ったら何か変な目で見られたり、狭い階段で対向者に道を譲ったら「ありがとう」も言わずに行ってしまったり…。そんな目に何度遭っても腐らずにやり続けるというか、苦とも思わないのが、真の優しさなんだとも思う。「擦れる」か「やり続ける」か、そこが都会なんかで生きていく人間の分かれ目だ。



最近は写真を撮っている時にも、似たようなことがある。

カメラを構えてシャッターチャンスを待っていると、画角に入るところでカップルなんかがスマホで自撮りをしている。

「全員が入んない」とか「これだと景色まで入んないね」とかなんて言いながら。

こちらとしては、半分思いやり、もう半分は早くそこをどいて欲しいという思いで、「撮りましょうか?」と声をかけようと思うのだが、ふとイヤな記憶を思い出して躊躇してしまう。

いや、僕ら自撮りなんでいいです

と、どこかで断られた経験が脳裏に蘇るのである。

いや、大抵それは“断り”というよりも「俺たち自撮りしてんだから邪魔すんじゃねーよ」という“迷惑だ”の反応に近いものがある。

首からおっきなカメラをぶら下げて、いかにも

僕、カメラマンです

然した格好をしているくせに、スマホ撮影の若者にあえなく断わられるのは、あまりに悲しいし、こっ恥ずかしい。まさに

思いやり、この野郎

そのものだ。

思いやりというのは出す側の勝手で始まるものだから、なかにはおせっかいだったり、大きなお世話だったりするものがあるのはよくわかる。ただ、発した側の気持ちを考えて、内心はどうあれ快く受ける。それもまた、思いやりではなかろうか。

【about me…】

鈴木 翔

静岡県生まれ。東京都中央区在住。出版社や編プロに務めた後に独立。旅好きでこれまでに取材含めて40カ国以上に渡航歴あり。国際問題からサブカルまで幅広く守備範囲にしています。現在は雑誌、実用書などの紙媒体での編集・執筆だけでなく、WEBライターとしても様々な媒体に関わっています。ジャンルは、旅、交通、おでかけ、エンタメ、芸術、ビジネス、経済などノンジャンルでありオールジャンル。これまでの経験から「わかりにくいものでもわかりやすく」伝えることがモットーです。

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